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ジャストコラム

図面を通した出会い

建物の調査を仕事とするようになってかれこれ20年近くになるが、既往の知見や技術だけでは対応できないものもあり、何年経っても悩みは絶えない。
建物にまつわるトラブルに第三者として調査に介入した場合などは、一筋縄では行かず事態が収束するまで長期に亘ることも少なくない。
立場上は第三者として公正中立な立場にあるものの、場の空気が微妙な時はそれなりにストレスも溜まる。
そんな時に有名な建物や有名な建築家が設計した建物の仕事は、ちょっとした気分転換であり,楽しみでもある。

つい最近のことであるが、某老舗ホテルの現場調査に同行する機会があった。
明治から昭和初期にかけて外国人専用に建てられたホテルで、敷地内に点在した建物が渡り廊下で繋がっている。
その迷路のような配置にこれから悩むことになるだろう調査計画の心配をしつつ、先ずは歴史を感じさせる登録有形文化財を隅々まで「鑑賞」させていただいた。

このような、いわゆる歴史的建築物と呼ばれる建物の調査に遭遇する機会は滅多にないのだが、それから1週間も経たないうちに別の建物の調査の相談が舞い込んで来た。
それは,九州の某老舗百貨店で,本館の竣工が大正5年となっている。
私が調査を担当した最も古い歴史的建築物が大正3年に竣工した百貨店なので、それに次ぐ古さである。
また、日本における初期の鉄骨鉄筋コンクリート造建物であることも、この建物を調査する上で非常に興味深く、楽しみの要因である。

老舗百貨店は、どこの店でも何度も増改築を重ねて現在に至っており、建物を増改築年毎に整理して全体像を把握することが調査する上で苦労する。
この建物も何度も増改築を繰り返していることは例外ではないが、幸いなことに設計図面の保管状態が良く創建時からの図面が残っていた。
創建時の図面には大正二年十二月と記載されており、その下に押された印章には齋藤久孝の名前が読める。
当時の数少ない有名建築家の中には見ない名前だったので調べてみると、その方は現在の斎久工業という設備工事会社の創業者で地元の出身であることがわかった。
少し前に別件で建物調査に協力していただいたテナントさんが斎久工業さんだったことを思い出した。
奇遇だがこれも何かの縁というものだろうか。

古い図面を何枚か捲っていくと、どこか見覚えがある作風の構造図面が出てきた。
その見覚えがある作風というのは近年建替えられた昔の歌舞伎座の構造図面で、構造設計者は東京タワーを設計した内藤多仲である。
しかし、内藤氏が手がけた他の建物に見られる捺印や英字のサインは無く、この建物の構造設計者が内藤氏である確信はないが、内藤氏の経歴を見るとほぼ同時期に別の仕事を齋藤氏と一緒に仕事をしており、内藤氏が構造設計を担当した可能性は高い。
そうだとすると、経歴には載っていないが内藤氏が構造設計を手掛けた現存する最も古い建物ということになる。
そう思いながら図面を眺めてみると、耐震構造の父と呼ばれた内藤多仲が若き日に図面を描いている姿が目に浮かんでくる。

次はいつになるかわからないが、また、古い建物や図面を通して偉大な先輩たちに会えることを楽しみにしたい。

調査診断第一部 部長 小野 一