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ジャストコラム

ジャストで働き40年

日本超音波試験株式会社(ジャスト)に入社して今月で40年となる。
入社時に社員数5人であった会社が今年4月1日では370人余りになった。

建築鉄骨の超音波探傷試験(UT)だけの会社から、X線業務、建物調査と診断、さらには設計へと業務は拡大し、次は土木の調査へと向かっていこうとしている。
2012年の創立40周年記念の会での「50周年には1000人を目指す」という社長の大言壮語はあながち不可能ではないような気もする。

40年の間に何が変わったのだろうか。
入社以来携わってきた建築鉄骨UTの世界を見てみた。
現在建築鉄骨の検査会社は受入検査を主とする会社と社内検査を主とする会社の二通りに分かれている。40年前はその区分はなかった。
某鉄骨橋梁FABの社内検査員としてスタートしたのであるが、社員でない者が検査を行っているという事で、そのFABでは第三者に検査してもらっているとゼネコンに説明をし、ゼネコンもそれをよしとしていた。全数検査をし、その中から30%分の報告書を作り、製品検査に提出するという今では信じられない状況であった。資格についてもおおらかで、まだ合格通知だけがあるという時期に大手設計事務所の担当者に検査員として認められた事は今でも忘れられない。

当時から施工者として受入検査を行っていたゼネコンもあったが、大半はFAB発注の検査のみであったようだ。やがて東京都が受入検査は建築主または施工者の発注によることという事を言い出したことから現在のような受入検査が定着し、検査会社も二分されてきた。

40年経った今も非破壊検査業はニッチな産業である。最大手でかつこの業界の草分けである会社がテレビコマーシャルを出すようになったり、各種事故やトラブルでニュースで取り上げられるようになり、認知度はあがってきたと思うが、例えば学生の就職活動で選ばれる「職業」としての順位は下の方であろう。
非破壊検査の手法としては放射線透過試験(RT)が古くからあり、溶接部の検査方法として用いられてきた。
建築鉄骨溶接部はほとんどがT継手でRTが適用困難であったので、その内部の品質は検証されないままの状態が長く続いた。
弊社の創業時の1972年は、まだ建築鉄骨の超音波探傷試験は規格もない状況で大手ゼネコン技術部門や大学、研究機関で研究・試行をしていた時代であった。
1973年に建築学会の「鋼構造建築溶接部の超音波探傷規準・同解説」が発行されたが、その適用は法的に義務付けられたものでなく、大手設計事務所や大手ゼネコンで採用されていただけであった。
私が入社した1975年の状況もあまり変わりはなかったようである。

建築鉄骨の超音波探傷試験(UT)の手法は40年経った今もほとんど変わっておらず,ローテクの世界である。
教科書では超音波の伝搬経路が「線」で表現され、反射源の位置が幾何学的に推定できることになっている。ところが、実際は「フニャフニャの棒で真っ暗闇の中を探っている」(業界の先駆者の言)ようなもので、エコーを見ながら頭の中で超音波ビームがどこら辺を探っているかをイメージしながら探傷しなければならない。検査中は,欠陥エコーだけでなく、裏当て金付きや裏はつりなどの継手形状によるるエコー(いわゆる妨害エコー)がいろいろ検出される。それらを頭の中で見分けながら探傷するのであるから、検査員には集中力と判断力が必要となる。10年位前からであろうか、探傷器がアナログからディジタルへ移行し、探傷画面上に反射位置が数値で表示されるようになり、便利になった。しかし,その反面欠陥エコーとと妨害エコーの判別が疎かになり,数字しか見ない傾向があるように思える。

ある工事の施工試験体の探傷で不合格が多発したため,溶接業者(施工方法)が替えられた。納得しない溶接業者は再検査を当社に依頼して,当初の検査では妨害エコーを欠陥エコーと間違えて不合格と判定していたことが分かった。損害賠償の訴訟を検討しているという話もある。

RTはフィルムが残るため、直感的に欠陥を把握でき,そのフィルムを基に後から第三者が欠陥を検証することができる。UTで残されるのは数値のみであり,その数値だけでは第三者が後から検証するのは難しい。被検物の状況は,検査員がその場で判断する必要がある。
間違いは誰にでもあるとはいえ、不合格が多発したらまず自分を疑う必要もあるだろう。建築の世界での内部欠陥の検出手法はこれからもUTが主流であろう。

探触子を持って実際の検査をすることはまれになったが、今後も検査員としてのモラルとプライドと謙虚さを持って検査に臨みたい。

検査計画部 足立 悟